第二章を書いている最中に、強い必要性を感じてこの本を手に取った。
もちろん、「企業参謀」の副読本として。
本書を参考にしたのは、第三章をどう書くべきか迷ったからである。
構造化が大事なのは、力点をどこに置くべきかを明確にするため。
メインのイシューは何か?という問いである。
同時に、第一章から第三章まで――本書第一部全体を総括する視点を確認するための、重要なチェックポイントでもあった。
初読時は刺さらなかった
正直に、この本も、初読時の印象はあまり良くなかった。
当時はMBAを学んでいる最中で、GEでの実務経験もあり、
本書で語られている主張―
「全てをやる時間はない。だから、イシューの質を上げよ」
というメッセージには、すでに完全に同意していた。
だからこそ、
「言っていることはもっともだが、特に新しいものはない」
という感覚が先に立ったのだと思う。
加えて、私はどうしても、
コンサルティングの話よりも、現場のビジネスの話の方に強く惹かれる。
その距離感も、当時は影響していたはずだ。
今回の再読で、立ち位置が変わった
今回の再読で、違和感はほとんどなかった。
むしろ、非常にすんなりと頭に入ってきた。
ただし、以前と決定的に違う点がある。
今回は「読者」としてではなく、「書く側」の視点で読んでいた、
という点だ。
- どういう順番で話を組み立てているか
- どこで抽象度を上げ、どこで具体例を差し込んでいるか
- どの言葉で共感を取り、どの言葉で論点を締めているか
そうした構造ばかりを、無意識に追いかけていた。
結果として、
本書の価値は「主張そのもの」ではなく、
伝え方の設計にあるのだと、強く感じるようになった。
第三章との接点
この本は、第三章そのものと、第三章末の中間結論の妥当性を確認するために読み返した。
第一部全体を振り返る上で、本書は極めて重要な参照点だった。
一方で、はっきりしてきたこともある。
この本は、第一部までの思考整理には有効だった。
しかし、第二部以降の議論では、いくつか同じ問題提起はあるのだけれど、そのままでは使いにくい。
それは本書の欠点ではない。
むしろ、守備範囲が明確であるがゆえの、健全さだろう。
これは、イシューについての本だから。
変わったのは、本か、自分か
変わったのは、間違いなく自分である。
かつては、
「なるほど、わかる」「同意できる」
という読み方しかしていなかった。
今は違う。
- 「なぜ、この順番なのか」
- 「なぜ、この言葉なのか」
- 「なぜ、ここでこの例なのか」
を追いながら読んでいる。
それは、第一章から第三章までを書き切ったからこそ、
初めて手に入った読み方なのだと思う。
第一部を書き終えた今だから見えること
第一章から第三章までは、
世の中にすでに存在する考え方やツールを、
自分の言葉で再構成する「翻訳」の作業だった。
『イシューからはじめよ』は、
その翻訳作業を支える、非常に洗練された教科書だった。
だが、ここから先―
私が書こうとしている第二部、第三部は、
この本の射程の外にある。
それでいい。
この本は、ここまで連れてきてくれた。
そして今、
自分は次のフェーズに足を踏み入れようとしている。
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