——再読してわかった「本が悪いわけではない」という結論
なぜ今、この本?
第三章(1)ロジックツリーを書くにあたり、「企業参謀」と併せて、参考図書として、区立図書館から本書を借りた。
大前研一氏の「企業参謀」を軸に据えることは最初から決めていたが、それだけで本当に十分か?、入門編としての視点は必要なのでは?、という不安があったからだ。
本書の著者、齋藤嘉則氏は「問題発見」「問題解決」で大前氏の盟友として著名な方。私が学んだMBAの特別コースの指導教官でもあった。
同じ系譜に連なる問題解決の方法論を、入門者に優しいとされる視点から、どうしても確認しておきたかったのだ。
でも、氏と自分の相性の悪さは知っていた。特別コース、なぜか途中で履修放棄していたことを、MBAの成績証明書で見たから。理由はわからない(笑)
余談が過ぎた。
違和感のまま
この手の話は、簡単に理解できる。
私にとっては、極めて当たり前の世界であるから。
修士では、化学実験のうまく行かない合成で、散々悩み、問題解決をしてきた。
プラスチックの製品開発の過程も同じ。
大前研一氏の原子炉の研究と、本質的には大差ない。
日々、当たり前と持っていることを、書籍で読んでも感動なんてあるはずがない。
ただ、高い授業料を無駄にしたのは理解不能だ。
ゼロベースで本書を紐解く。
説明は丁寧だし、事例も豊富で、わかりやすい。
しかし、わかっている、ということ以上に、ある違和感が積み重なっていった。
——どうも、自分ごととして入ってこない。
実践編で扱われる事例の多くは、MBAの企業プランや、コンサルティングの現場を前提としている。
若い頃であれば、「いつか自分も事業計画に関わるかもしれない」と思いながら、興味を持って読めたかもしれない。
しかし、現実には、そのような機会はほとんどなかった。
事業環境の内側で仕事を続けてきた今、この切り口を突きつけられても、「だからどうした?」と、どこか距離を取ってしまう自分がいる。
役に立たない、というよりも、自分の立っている場所と、前提条件が合っていない。
そんな感触だった。
変わったのは、本か、自分か
変わったのは、明らかに自分である。
34歳の頃、MBAを学んでいた当時は、コンサルティングという道も、選択肢の一つとして頭の片隅にはあった。
だが、最終的には、事業環境の内側に身を置くことを選んだ。
その結果、必要とする問題解決のスタイルも変わった。
抽象度の高いフレームワークよりも、もっと現実に密着した、具体的で、再現性のある事例でなければ、腹落ちしなくなった。
そう考えると、本書に対して感じた距離感は、批判というよりも、立場の違いから生まれた必然なのだと思う。
コンサルタントが書いている以上、そこで扱われる事例が「特殊」になるのは、ある意味では仕方がない。
そういう状況しか、書けないから。
普通の人が考えることは、普通の人でしか書けない。
第三章との接点 —— それでも有用
結論から言えば、この本を今後、実務で使うことは、おそらくもうない。
少なくとも、何かに迷ったときに、手に取る一冊にはならない。
だが、それは本書が無用だからではない。
ただ、私には刺さらなかった。
それだけのことだ。
第三章で私が書こうとしていたのは、「ツールの正解」ではない。
ツールがどのような前提で生まれ、どのような場面で有効で、どこから先は無力になるのか。
その境界線を、自分自身の言葉で確かめることだった。
その意味で、本書は、「もう使わない」と結論づけるために、必要な一冊だった。
避けて通るべきではなかった、という意味で。

