私たちは、対象を理解できると信じている。
対象を正しく観察し、
観察結果を正しく分析し、
適切に考察を進めることで、
最終的には、対象を理解できる
と、どこかで信じている。
そして、理解ができれば、それで「終わり」
にできると、どこかで信じている。
とにかく終わらせたい衝動
ニッチで深い情報、
キャッチーで自分に刺さる情報、
知らないと損をしそうな情報。
私たちは、とても使いきれない多種多様な情報が飛び交う現代に生きている。
時間どころか、注意力だって不足する。
誰もが、
何かやりたいこと、
解決したい問題、
自分へのご褒美など、
を計画して、実行するための時間と、心の余裕を必要としている。
だから、ダラダラと終わりが見えない、感じられない状態は、全力で避けたい。
さっさとケリをつけて、次へと進みたい。
自分の頭でわからない、結論が出せない状態は、とても気持ちが悪い。
そんな時は、いっそ、無視したい。
フレームワークなどの知的ツールが希望の光のように感じられるのは、
タイパ、コスパ良く、理解できるからだ。
パッとみて、整理が行き届いていて、
よく分からなかったモヤモヤが、スッキリするからだ。
大前研一氏のフレームワーク批判
フレームワークは、非常に有用なツールです。
それゆえに、ツールに頼り切ってしまう。
依存症になってしまう。
そこに問題はないのだろうか?
今から20年ほど前、仕事の能力に行き詰まりを感じていた頃、MBAの科目で大前研一氏の教えに大きな影響を受けました。 2004年発行の「考える技術」で、大前研一氏は、思考の姿勢そのものについて、次のように警鐘を鳴らしています。
まず現場のファクト(事実・現実)を直視し、そこから本質的な課題を抽出せよ。
既存の枠に無理やり事実をはめ込むな。
思考停止の罠
フレームワークに当てはめただけで、全てを網羅して、分析を終えてしまったつもりになったのです。
なぜか感じる不安の正体 - 東京〜現実歪曲フィールド界隈
私がした、「思考停止の罠」の指摘は、大前先生が指摘したことの焼き直しです。
20年以上も前から、指摘されている問題なのです。
大前先生は、事実を十分に観察しないまま、既存の枠組みを当てはめることで「考えたつもり」になってしまう態度を厳しく批判していました。
「思考の硬直化」である、と。
ずっと考え続けることは、しんどいです。
疲れます。面倒です。
ですが、何事も中途半端、思考を不完全な状態で止めることがいけないのです。
フレームワークの適用はスタートライン
問題は、フレームワークそのものでも、使用することでもありません。
本質は、フレームワークに当てはめたことで満足してしまい、考え続けることをやめてしまうことにあります。
あなたが考え続けている間も、考えをまとめたその後も、世界は変わらずに動き続けています。
にもかかわらず、私たちは留まってしまう。
考えることだけではなく、考えている対象そのものですら、自分の中で固定してしまうのです。
その結果、かつては正しかったはずの解析、判断が、私たちが気付かないうちに少しずつ現実からずれていく。
残念ながら、私たちは往々にして同じ過ちを繰り返してしまいがちなのです。
繰り返しますが、フレームワークをはじめとする、知的生産のためのツールは大変強力なものです。
それ自体に問題はありません。
すべてのテクノロジーと同様に、問題は使う側にあるのです。
それでもなお、より良き未来のために、私たちは何とかしたいし、考えたい。
労力少なく、簡単に適用できる答えがあれば、それにすがりたい。
それは誰しも同じ思いだと思います。
では、どうしたら良いのか。
従来の思考の枠を、ほんの少しだけ取り払って、
次の章で、一緒に考えてみましょう。