東京〜現実歪曲フィールド界隈

東京で外資系企業の営業で働く人

成功の確率を上げるには?

www.tokyo-nw-field.com で、失敗は避ける努力をすべきだと主張しました。
それならば、どうすれば『避けられる失敗』を減らし、『望む結果(成功)』に近づけるのでしょうか?

今日は成功について触れたいと思います。
まずは前提条件から。

守株待兎してない?

人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)という言葉があります。

しかしその一方で、ただひたすらに「棚ぼた」を待ち続ける、つまり、行動を伴わないまま偶然の幸運を待ち続けてしまう場面も、私たちの身の回りには少なくありません。
それを故事成語で「守株待兎(しゅしゅたいと)」といいます。

走ってきた一匹のウサギ(兎)が木の切り株に頭を打ちつけて死んでいるのを見つけ、偶然、幸運にもうさぎを得た農夫は、また同じようにウサギが獲れると期待して待ち続ける。
当然、そんな幸運は再びやってはこなかった。

一見すると極端な話に思えますが、形を変えて、似たような状況は今も繰り返されています。
であるからこそ、故事成語になっているのです。
そのくらい、相当な昔から現代にまで引き継がれている戒めの話。
守株待兎は、「韓非子」に出てくる話だそうです。

成功の確率を上げるには?

成功には行動することが必要だとはわかります。
でも、何をしたら良いのでしょうか?

実はそんなに難しいことではないのです。
たった二つのことをできる限り言語化すること、記述するだけ。

それは、

  1. 現状 (AS-IS):自分の現在地を、予断を排して正しく知る。
  2. あるべき姿 (TO-BE):何をもって成功とするか、成功を定義する。

について、漏れなくダブりなく、正確に、予断を一切排して、正しく記述することです。 初回のブログに引用した、

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」

現実歪曲フィールドって何? - 東京〜現実歪曲フィールド界隈

です。

ここでいう、己とは、今の現状のこと。
何を解決すべきかの対象が、正しく理解できていないことには、始まりません。
例えるなら、現在地が特定できないのでは、地図を見ても目的地には行けないということです。

そして彼(敵)とは、あるべき姿。
何をもって成功なのか、条件・状態が想像できないなら、実現は不可能です。
別に魔法でなくても、「想像できないことは実現しない」のです。

このことは、基本中の基本です。

現状(AS-IS)とあるべき姿(TO-BE)の記述ができればAIで

この二つができれば、すべきことの大半は実は終わってしまっています。
次は、AS-ISとTO-BEの二つのギャップを埋める解法を探す作業に移ります。

かつては探索の作業も大変なものでしたが、現在はAIを利用して、すでに存在している答えを探す苦労がほぼなくなりました。
AI、具体的には大規模言語モデル(LLM)を利用します。
AIからアドバイスを得て実行、もしくはステップバイステップでアドバイスを得ながら成功を目指すことになります。

なぜ、AIを利用するのでしょうか?
それは、あなたが遭遇する課題の大半は、すでに他の誰かが十分に考えたり、挑戦の結果が残されていたり、解決策が見つかっているものばかりだからです。
改めて、人類の歴史は偉大です。
先人の努力と探究に感謝いたします。
私たち凡人が遭遇する大体の課題というのは、すでに歴史上の誰かが解決しているのです。
私も、あなたも、今はそれを知らないだけなのです。

AI万能という誤解が生じるかもしれないので、補足させてください。
「Garbage In, Garbage Out」 というものすごく有名な言葉があります。
これは、コンピューターシステムなどに、「ゴミ(Garbage)」のような品質の悪いデータを入力したら、いかに優れたシステムや分析手法を用いても、得られる結果の品質も低くなる、ということです。
それは、AIについても当てはまります。
AS-ISとTO-BEを正しく言語化することができ、正しい問いを立てることができたとき、AIは有用な回答を探してきてくれるのです。

これまでは、調べる方法に限界がありました。
本を調べるにしても図書館などの物理的な制約と私たちの調べる能力の限界が存在していました。
でも、現代にはLLMで強化されたAIがあります。
言語化された課題であれば、すでに存在している解法を探してきて、懇切丁寧に解説してくれます。
実に良い時代になったものですね。

オリジナリティへの誘惑

自分の頭で考えようとする前に、人類の叡智を利用する。
目の前の問題にうまく当てはまる過去の類似の問題を探し当てて、解法をパクる。

だが、そうすることに抵抗を感じるかもしれない。
自分ならではのやり方、オリジナリティに憧れたり、誘惑に駆られるのは理解できる。その方が面白いからだ。 だが、残念ながら、それは正しいとはいえない。
まず「成功すること」が大事だからなのです。

若い頃、私も間違っていました。
オリジナリティへの誘惑に勝てませんでした。
根拠のない自信で、オリジナルへの強い憧れがあって、自分にならできると思い込んでいました。
経験を積んでようやくわかりました、少し遅すぎましたが。

例えば、学校の勉強で問題を解く時、解法をパクっていたのではないでしょうか。
数学は暗記だ!と公言して憚らない人もいました。
学校では、良い成績が求められます。
社会では、好ましい結果が求められます。

厳しい言い方だけれども、オリジナリティというのは、天才だけが使っていい言葉です。
私たち普通の人は、天才の頭脳を借りる。
その代わりに、成功の確率を高めていく。
そう割り切ろう。
それが経済的だ。大人の打算だ。
私たちには、もっとやりたいことがあるし、幸せのためにすることがあるのだから。

編集後記

2026年1月18日
年末に大量に借りた区立図書館の本を返した。
帰り道には、お気に入りの和菓子屋さんに立ち寄った。
この辺りは、一昔前の著名な推理小説の主人公が暮らしていた場所。
神社の門前には、その主人公がご贔屓にしていたとされる和菓子屋さん。
お店番も随分とお年を召されたお婆様で、まもなく、時代の波間に消えていきそう。
千駄木に住んでいた頃、そうやって消えていったお店がいくつあったろう。
推しは推せる時に推そう。