正月も成人の日の3連休も終わり、国会解散報道で騒がしくなりつつある、2026年1月15日から、当ブログ「東京〜現実歪曲フィールド界隈」をスタートします。
現実歪曲フィールドとは
さて、さっそくですが、このブログのタイトルにある「現実歪曲フィールド」についての話からスタートしたいと思います。
そもそもなんだろう?というちょっとキャッチーな語彙をブログのタイトルに選びました。
現実歪曲フィールド
ひとは誰しも、自分にとって都合の良いことしか見たくありません。
不都合なこと、嫌なこと、不快なことは見たくない。
だから、目の中に情報として入ってきているのに、”見た”として認識しようとしません。
これは誰にでもある、非常に日常的な話です。
現実をありのままに受け入れることは難しい
現実というのは、時に非常に残酷だったりします。
残酷とまで言わなくても、自分の想いや理想に対して全く無関心だったりします。
願えば叶う、こともあるかもしれませんが、経験と年齢を重ねれば酸いも甘いも十分に噛み締めてます。
私たちは現実を見るとき、どうしても自分の願望や欲望のフィルターの影響を受けてしまう。
こうだったらいいのに
こうあるべき
これらはとても自然なことで、こういた小さな期待を積み重ねていけるからこそ、前向きに毎日を迎えられるもの。
願望を投影するからこそ、現実を乗り越える努力ができる。
欲望が湧いてくるからこそ、活力だって生まれてくる。
そして何よりも、楽になる。
誰だって、冷たい現実だけを見ていたら、ちょっと精神的に参ってしまう。
そこにちょっとだけ明るい未来を重ねて見ているからこそ、その先の光を信じることができる。
でもね、時にはその「フィルター」の存在を認めた方がいいことも。
現実と向き合うには
古典の名言は、私たちに時代を超越した人間の知恵を教えてくれます。
孫子は言いました。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と。
「彼=敵」を知るには、自分のフィルター、「現実歪曲フィールド」を通さないで、つぶさに、正確に、思い込みを断じて見なければならない。
歴史を振り返れば、都合の良い事実だけを集めた結果、判断を誤った例はいくらでもありますよね。
現実は厳しいもの。
でも、逃げてばかりはいられません。
時には向き合うことも求められる。
乗り越えることが試される。
そんな時は、「現実歪曲フィールド」という自分の認知のフィルターの存在を認めて、その影響から自由にならないと、その先が厳しい。
ではどうしたら良いのか。
自分の認知を疑えばいいのか?
いえそうではないのです。
自分の頭の中だけで処理しようとしているから、現実歪曲フィールドの中にいるから、フィルターを解除できないのです。
することはとても簡単なこと。
メモとして書き出して、一旦自分の頭の中から外に出す。
シンプルでしょ。拍子抜けしちゃうくらい。
客観的にツッコミを入れる
とにかく書き出すこと。
書き出されたことは、数分後の自分から見ると、とても客観的に眺めることができます。
それって、あなたの感想ですよね
それって、事実ですか?
いくらでもツッコミを入れることができます。
仕事で、日報だとか、月報だとかを書くのは、自分の頭の中にあったものを外に書き出して、客観視するための手段です。
上司に報告することが目的ではありません。
社会人経験と長く積んできても、定期報告書を書くときは、「あっ、しまった」と自分の抜け・モレに愕然とすることがあります。
そうやって気がつけるから、思い込みを排した現実に対処できるのです。