東京〜現実歪曲フィールド界隈

東京で外資系企業の営業で働く人

第六章(3)コントロールできることを抽出する

問題 ある製品の販売が不振(売上高が前年比−20%)で、 その原因を報告するように業務命令が下された。

分析の結果、シェアは45%から60%へと拡大していた。
しかしマーケットの成長率は10%から3%へと急減速していた。
そのため前年の反動が出て、売上数量は23%低下していたことがわかった。 この時、どんな打ち手を考えることができるだろうか?

コンサルの教科書を開いたり、AIに尋ねたりすれば、「既存顧客のLTV向上*1」や「高価格帯へのシフト」といった最適解がすらすらと上がってくるだろう。 だが、化学的思考法の実践において、私たちが取り掛かるべき第3のステップは、「コントロールできることのみ抽出する(A)」ことである。

結果は操作できない

ここで、第二章で議論した「KPIの罠」を思い出してほしい。
私たちは往々にして、「コントロールしたいこと」と「コントロールできること」を混同してしまう。

例えば問題のケースでは、かつての市場の成長性に戻ってほしい、と期待してしまう。しかし、これらは私たちの「願望」でしかない。 私たちは、市場の成長性をコントロールすることはできない。
これは、「結果変数」や「観測変数」に属するものだ。

市場の成長率鈍化は「環境」であり、
売上23%低下は「結果」である。
これらを直接どうにかしようとするのは、
運動会当日の天気に文句を言う小学生と変わらない。

すでにシェア60%を握っているメイン市場で、さらに競合からパイを奪おうと「売上(結果)」を目標に営業へハッパをかけたらどうなるか?
現場は疲弊し、無理な営業活動で不正な販売慣行に手を染めたりするリスクが増大するだろう。
不正会計処理にまで行き着き、会社が傾くケースは散々見てきた。

行動できる対象を選ぶ

コントロールできる対象は、「操作変数」である。

www.tokyo-nw-field.com

問題では、以下の変数が該当する。

  • 顧客訪問件数
  • 新規提案件数
  • 新規顧客開拓に割く時間割合
  • 研究開発や営業活動へのリソース配分

これらからわかるように、私たちがコントロールできる対象は、「自分たちの行動(リソースの配分)」である。

私たちの行動で何ができるかを考える。
コントロールできることのみを抽出する、第3ステップの本質である。
問題のケースでは、「既存顧客のLTV向上のための営業活動」はコントロールできる。
または、日本企業が得意な「原価低減活動」もコントロールできる。
しかし、それ以外に何かないだろうか?

前節(ステップ2)で見出した「特異性」を思い出そう。
全体から見ればごく僅かだが、全く聞いたことのない名前の会社が3社あり、私たちが想定していたターゲット市場とは「別の用途」で製品を購入していた事実だ。

例えば「メイン市場への訪問件数を3割減らし、その分の時間を『特異性(新しい用途)』の検証と開拓に割り当てる」こともできる。

このように、課題の構造の中から「自分たちが動かせる具体的な行動」を見つけ出すこと。
これがコントロールできることを抽出する、第一段階である。

コントロールできる対象の選択

あなたがもし、個人事業主であれば、第二段階はシンプルだ。
いくつかの選択肢から、あなたが選べばいい。 そして実行に移すだけ。

しかし、組織の場合はどうだろうか? 営業チーム全体、あるいはマーケティングや技術サポートまで巻き込んだ「組織の行動」を変えなければならない時、コントロールできる対象の選択を各々が勝手に判断して良いだろうか?

ここにもう一つの大きな罠がある。 私たちは、「自分自身の行動」はコントロールできても、「他人の行動」や「組織の行動」を機械の部品のように直接コントロールすることはできない。

よくある話だが、事業部長なり、組織のリーダーがトップダウンで方針を示したとして、それで万事うまくいくだろうか?

組織行動は変わりにくい

Engagementという考え方がある。
組織の一人ひとりが、組織に対する関与、古い言葉でいうと忠誠のようなものを持っているか、という問題だ。

トップダウンでは、納得感がないことが多く、業務命令だからと受け身で捉えがちで、必ずしも良い結果に終わらないことが多い。
別の言葉で言えば、「当事者意識の有無」の問題である。

変革の方程式: E = Q × A

20年以上前、私がGEで仕事をしていた頃、CAP(Change Acceleration Program)という変革を推進するためのプログラムが話題に上った。
このプログラムの根底には、次のような有名な方程式がある。

E = Q × A

  • E は Effectiveness(変革の有効性)
  • Q は Quality(解決策の質)
  • A は Acceptance(人々の受容度)

を表している。

つまり、どんなに論理的で質の高い解決策(Q)をひねり出したとしても、それを現場で実行する人々の受容度(A)がゼロであれば、変革の効果(E)はゼロになる、ということだ。

先ほどの「新用途へのリソースシフト」という打ち手(Q)を考えてみよう。 理にかなった戦略のように見える。
しかし、シェア60%という「圧倒的な成功体験」を持つ現場の営業たちはどう思うだろうか?
「なんで今さら、海の物とも山の物ともつかない新規用途なんて回らなきゃいけないんだ。それより、今の太客のフォローを手厚くするべきだ」
と反発するかもしれない。

現場の受容度(A)が伴わなければ、
掛け声だけで行動は変わらず、
売上の低下も止まらない(E=0)。

Acceptanceを高める方法

つまりは、こういうことである。
人は理屈だけでは動かない。どんなに優れた改善策(Q)であっても、受け入れられるもの(A)でなければ成果(E)は期待できない。
だから、コントロールする対象は、(A)が高いものでなくてはならない。

少しズルく考えると、Aが高くなるような決め方をするに限る、ということでもある。

先に個人事業主であれば、シンプルだと説明したのはそういうことだ。
つまり、完全に自分で決められるので、受容度は高い。
しかし、組織の場合、押し付けられたらどうしても反発が生じてしまう。
受容度が高く、質の高い改善策を選択する方法が、CAPというプログラムなのである。

具体的な方法論はここでは共有できないけれども、改革を実行する一人ひとりが、押し付けではなく、自分たちで考えて、自分たちで選んだ改善策であると信じられることが重要だ。
例えば、ブレインストーミングで、改善策のアイデアを出した後で、一つひとつに、コントロール可能か、そうでないかを、皆で評価する。
そうしてコントロール可能なものだけに集中し、受け入れることができて、質の高いものを選ぶプロセスを導入するのだ。

正しい選択をする

コントロールできるもののみ抽出するというのは、これまで見てきたように二つの側面がある。
一つは、操作可能な「操作変数」である「行動」に注目することである。
二つ目は、「受容度(Acceptance)」が高いものから選択することである。
くれぐれも、コントロールしたいことそのものを対象にしてはならない。

ビジネス書でよく見られる「選択と集中」というコンセプトがある。
集中する前に、正しい選択をすることが重要なのである。
しかし、どのようにして選択するかについて、常識任せにされている。
常識は曖昧で、時に間違う。
私たちには、もう少し感度の高いものが必要だ。

化学的思考法におけるステップ3
「コントロールできることのみ抽出する」とは、
「正しい選択」のことである。

単に論理的な行動プラン(Q)を見つけることではない。
その上でさらに、私たちが受け入れることのできるもの(A)でなくては、成果(E)は見込めない。

「市場が縮小しているから新規を回れ」と命令すること(Qの押し付け)はコントロールの放棄である。 前節で見つけた「3社の新規顧客(特異性)」の生の声を現場に共有し、「もしかしたら、ここに次の金脈があるかもしれない」という気づきをチーム全体に促すこと。あなたやリーダーが見つけた新しい仮説をそのまま説明するのではなく、「チームでその事実に気がついた」という形になれば、改善への受容度(A)は高まる。

そうやって組織の「A(受容度)」という真のレバーに手をかけ、チームとして「自分たちが確実に動かせるレバーはこれだ」と合意形成すること。 それこそが、この難局を打開するための、最も強力で現実的な方策なのである。

*1:Life Time Value:顧客生涯価値を高めること。すなわち、既存顧客の購入頻度を上げる、単価を上げる、継続するインセンティブを与えるなどの営業施策を打つ。

第6章(2)共通性と特異性

問題
ある製品の販売が不振(売上高が前年比−20%)で、
その原因を報告するように業務命令が下された。

の第2のステップに取り掛かる。

第1のステップでは、事実を補強する証拠を集めた。

  • 販売数量と単価に分析したデータ
  • 地域別に販売結果を抽出したデータ
  • 顧客別に販売結果を抽出したデータ
  • 販売ルート(直販・商社経由・外部サイトなど)

さらに、環境に関するデータ

  • 製品がターゲットにしているマーケットの成長性
  • 競合の動向
  • 市場シェアの変化 など

を集めた。

ここから、分析(解析)に取り掛かる。

共通性を見出す

まずは、販売数量と単価に切り分けたデータを確認する。

売上高 = 販売数量 X 単価

のように、MECEに分けられる。
単価はほぼ変わらないが、販売数量が前年対比で23%も落ち込んでいるようだ。
販売数量について、さらに地域別、顧客別、販売ルート別に分析してみたが、特別に傾向が見当たらない。
一方で、環境は変化していないだろうか?

製品がターゲットにしているマーケットの成長性を見るデータを一つ一つあたってみると、マーケットの成長性が著しく鈍化していることがわかった。
このことは、先月の会議で営業から同じ声が上がっていたことを覚えている。

一方で、競合動向、市場シェアはどうか?
こちらは自社の営業の努力で、競合を上回り、シェアを拡大していることがわかった。

すなわち、シェアは拡大しているのに、
マーケットの成長が鈍化したため、
前年の反動が出て売上数量が23%の減少にいたった
との仮説が生まれた。

このように、ステップ1で集めた事実とその証拠を分析して、共通項、規則性、法則性を見出していく。
その過程では、従来の知的生産手法にあるように、フレームワークやKPI、イシューツリーなどの構造化のツールを活用する。

なお、この作業の最中に、「異質な事実・証拠」に出会うかもしれない。これらの扱いは、次に述べる。
大事なことは、これらの異質なものは排除することなく、見失わないように、記憶に留めるなり、ノートなどに書き留めるなどして記録しておくことだ。
そしてこの行動こそが、シンプル化することのリスクを理解する態度の実践そのものだ。

この共通性を見出す作業は、既存の知的生産手法が大いに活用できる。
特別に新しい手法を必要とするわけではない。
化学だって、既存の装置を活用する。

しかし実は、化学の真骨頂はこれからなのである。

特異性を見出す

例外を肯定する態度が活きる2回目の舞台である。
そして、シンプル化するリスクを理解する態度の実践でもある。

これまでに分析した結果をもう一度眺め直してみる。
何か変わったデータ、例外として弾き出されそうなものはないか?
共通性にこだわるばかりに、見逃している視点はないだろうか?

顧客別の売上の動向を見たが、上位20%の顧客しか見ていない。いつもの顔ぶれが並んだリストだ。これらで全体の売上の82%を占めている。

パレートの法則に従って、上位20%だけを分析するのは、効率の面からは理にかなっている。だが、これこそ、例外を切り捨てている行為でもある。

例外になりそうなものについて、仮説を立ててみる。
この場合、一番例外となりやすく、見落としてはならないものがある。
それは新規顧客だ。

そこで、残り18%の売上を顧客別に分析してみた。
単純に、前年の売上がなく、今年にだけ売上がある顧客だけをピックアップしてみた。
すると、全く聞いたことのない名前の会社が3社あった。

さらに、この3社の案件を担当した営業に聞いてみた。
どうやら、我々がターゲットとしている市場以外の用途で購入されたようだった。

これこそが、まさに特異性である。 特異性を探すことにより、新しい用途への販売機会が見つけられたかもしれない。

もちろんさらに突っ込んだ分析は必要である。
しかし、普段通りに、主要顧客だけをみていたら、 このような特異性には気がつかなかったかもしれない。

同じように、先に記憶・記録した、異質な事実・証拠についても分析を深めてみる。
その結果、これまでは気がつかなかった、新しい視点が得られるかもしれない。

ここでは幸運なケースを説明したが、逆の場合もある。
文字通り、ゴミのような事実・証拠であるかもしれない。
感覚的には、そのような場合の方が多い。
しかしながら、時間と労力が許す限り、異質なものも検討したい。

特異性と非線形思考

大前研一氏の 考える技術 (講談社文庫) に、こんな興味深いエピソードがある。

右側に勝率の非常に高い営業、左側に勝率の低い営業、真ん中に平均点の営業に座ってもらい、三人1組でインタビューを行う。
このように、誰が成績が良く誰が悪いかを知った上で、三人に質問する。
質問に対する受け答えを観察すると、売っている営業と売っていない営業の違いがわかる。

これこそまさに、共通性と特異性を見出すためのテクニックと言えるだろう。
私たちは、とかく平均で考えてしまいがちだ。
その方が効率がいいからだ。
そして、大半のケースでは、共通性でだいたい説明がつく。

しかし、従来の方法が通用しない、非線形の世界では、
分布の端に注目する。
平均や中央値を見ていては通用しないからだ。
分布の端とは、特異性のあるデータである。

このように、 共通性は、世界を説明するが、
特異性は、世界を説明する理論の更新を迫る。

これは化学という学問の形成で、何度も起きたことだ。
例外や新規な特異な現象は、既存の理論の矛盾を突き、変更を迫った。
特異性を説明する普遍性を持った新しい理論が誕生し、さらに化学は強固な論理性を確立した。
全てはその連続だった。

新しい理論を獲得すると、
昨日と同じ景色が、ちょっと違って見えてくる。
世界そのものは変わらないが、
私たちが見る世界が変わっていく。

それは、未来そのものだ。

特異性とすでに起こった未来

1964年にP. F. ドラッカーは、「すでに起こった未来」というコンセプトを提示した*1
未来は、ある時点を境に突然始まるのではない。
先行して「すでに起こった未来」が存在しているのだ。

このすでに起こった未来は、
新しい用途での新しい顧客の事例のように、
これからの未来の先駆けなのかもしれない。

特異性とは、 今、現在の理論では説明しきれない現象だ。

例外を肯定し、
その現象を受け入れ、理解されたとき、
理論が更新されて、
世界の見方が変わる。

そのとき、未来が始まる。

特異性から制御へ

未来の始まりを知覚できたのなら、
少しでも望ましい未来を引き寄せたい。

望ましい未来となるように制御するのも、
化学の手法を応用する。
化学は、条件をコントロールすることで、
望ましい物質を得やすくする。
私たちは、このコンセプトを応用する。

つまり、私たちも、条件をコントロールすればいい。
適切なコントロール・ユニットを探すのだ。

*1:Managing for Results, Chap. 11 The Future That Has Already Happened

第六章(1)観察と言語化

化学的思考法 実践の4ステップ

第五章で化学的思考法の4つの態度を紹介した。

化学的思考法の態度はわかったけど、
具体的にどうしたらいいの?
明日から何を変えたらいい?

この問いに答えるため、第六章では化学的思考法を実践するための4ステップについて説明する。

実践するためには、難しい理論は必要としない。
もちろん、化学の知識も必要としない。
物理学を知らなくても、車の運転ができるように。

化学的思考法の実践プロセス

化学的思考法を実践するには、次の4つのステップを踏む。

  1. ありのままを観察し、言語化する。
  2. 共通項、規則性、法則性、特異性を見出す。
  3. コントロールできることのみ抽出する(A)。
  4. Aを制御して、事象をコントロールする。

ステップ1では、例外を肯定する態度の実践
ステップ2では、例外を肯定する態度に加えて、シンプルにすることのリスクを理解する態度の実践
ステップ3では、コントロールできることに集中する態度の実践
ステップ4では、可逆的な立場をとる態度の実践
である。

4つのステップを実践することで、化学的思考法の4つの態度を実践することができるのだ。

ありのままを観察する

「例外を肯定する」という態度は、言葉としての意味を理解できても、実際にどうしたら良いのかイメージがつかないかもしれない。

実は簡単なことである。

先入観、思い込みなどを全て捨てて、ゼロベースで、ありのままに見ること。

慌てて、結論を出そうとしない。 評価や解釈を加えない。

まずは、「何が起きているのか」予断なく観察しよう。

何を観察するのか

観察するのは、「事実」である。 「証拠」とも言い換えられる。

事実は、印象、意見、感想ではない。
事実とは、確認可能なものである。
同時に、事実を取り巻く環境も観察する。

例えば、

  • 出来事などなら、5W1H
  • 機械などなら、使用・設定条件、プロセス、観察事項など
  • 販売などなら、顧客像、製品、日時、接客行動など

客観視できる、事実を見る。
そして、言葉、写真、データなどで記述する。
再現できる言葉にして記録する。

言語化する

事実には、証拠となるものがある。
事実を記録するとは、証拠となるものを「記述」することだ。

先述した、取り巻く環境は状況証拠だ。

言語化するというのは、文字通りの言葉だけでなく、

  • 数値
  • 表やグラフ
  • 写真
  • 帳票などの具体的な記録

などの形で書き出すことをいう。

言語化が詳細になればなるほど、
記憶しやすく、思い出し易くなる。
そのため、思考実験による再現がしやすくなる。

ステップ1でやるべきこと

ここでいったん整理しよう。
するべきことは何ら難しいことではない。

  • ありのままを観察して、できるだけ多くの事実を集める
  • さらに事実に対して証拠をより多く集める
  • 証拠を、数値、グラフ、写真などで記述する

これを全て同時に行うことだ。
一つでも欠けたらダメだ。

ここが化学的思考法のスタートラインになる。

例外を肯定する態度とは

ありのままを観察し、できるだけ多くの事実を集め、
それを支える証拠を集め、言語化する。

この一連の行動そのものが、
事実を最初から排除しないという態度である。

観察したにもかかわらず、
「いやそんなはずはない」
「見間違えだろう」
「私がミスをしたに違いない」
と決めつけて、記録に残さないとしたら、
その瞬間に、例外は切り捨てられてしまう。

例外を肯定するとは、
不都合に見える事実であっても、
余計な判断を挟まずに、まずは残す
ということである。

やってみよう!

習うより慣れよ、といいます。
さっそく、化学的思考法の第1ステップをやってみましょう。

問題
ある製品の販売が不振(売上高が前年比−20%)で、
その原因を報告するように業務命令が下された。

上司は、その製品の売上高の推移を見て、前年比-20%であることから、販売不振と認識したのだろう。
売上高は、事実である。しかし、それを支える証拠としての構造が見えていない。

証拠集めとして何をしたら良いか?

例えば、5W1Hで記述できないか? いつから、どの地域で、どの顧客で、どのようにと分類する。

あるいは、売上高を売上数量と販売単価に分類してみる。

その製品を取り巻く環境についてのデータ、市場の成長率、競合の動向、シェアの変化などを入手する。

まだ分析には着手しない。
入手できる直接証拠と状況証拠をリストアップして、
一つ一つありのままに見たデータを積み上げていこう。

証拠が十分に集まったら、
分析に取り掛かる。
それが、第二のステップだ。

第五章(5)4つの態度とControl

奥義は大体シンプルなものだ。
そして、よく木を見て森を見ずという。
では、森を見ていこう。

繰り返し出ている、5つの問題がそれぞれの森だ。

プロクルーステースのベッド問題

この問題に欠如している態度は、とてもわかりやすい。
はっきりと例外を認めていない。
全ての旅人の身長をベットの長さに揃えている。
そしてそれはとてもシンプルだ。
シンプル化するリスクを微塵とも感じていない。

でも、それだけではない。
プロクルーステースがしていることは取り返しがつかない。
そう、足を切ったら、元には戻らない。
可逆的な立場ではない。

これは単に残酷な神話ではない。
欠如している態度がはっきりしている。

  • 例外を否定している
  • 構造を見ずに、単一基準へ押し込めている
  • 切り落としたものは戻らないという可逆性を無視している
  • 自分が条件を操作しているという自覚がない

例外を認めない瞬間、
思考は停止する。

私たちは、自分の基準に合わないものを、
知らず知らずのうちに切り落としてはいないだろうか?

現実歪曲フィールド問題

こちらの問題も同様に例外を見ていない。
というよりも、
都合の良い部分だけを見て、
不都合な現実には目を瞑っている。

現実を自分が見たい現実に捻じ曲げるということは、
無理やりシンプルにしようとしていることと同じだ。
しかも、そのリスクには無頓着である。

これは単なる楽観ではない。

  • 例外を意図的に排除している
  • 不都合な条件を見ないことで、構造を歪めている
  • 現実をコントロールしているつもりで、実は制御不能にしている
  • 逆反応を想定していない

現実を単純化することは、
現実を失うことと同じである。

私たちは、見たい現実になるように、
シンプルにしようとしていないだろうか?

いつまで経っても子ども扱い問題

子ども扱いしてしまう時は、今を見ずに過去を見ている。
される時は、今を見てもらえず、過去に引きずられている。
どちらも、現在→過去の遡る方向でしか見ていない。
可逆的な立場でない。

子どもはコントロールできる、という固定概念があるのかもしれない。
そうだとしたら、行き過ぎた態度かもしれない。
また、美化した過去は、シンプルになることが多い。
成長の変化を例外として扱っているのかもしれない。

ここでも欠如している態度は明確だ。

  • 時間の可逆性を見ていない
  • 過去という単一条件に固定している
  • 現在の例外的変化を無視している
  • コントロール可能だと誤認している

時間を一方向にしか見ないとき、
人は関係性を誤る。

私たちは、過去のままに留めておくことで、
現状認識の負担を減らす逃げの姿勢をとっていないだろうか?

絵に描いた餅問題

計画は綿密に立てたが、実行に取り掛かれていない時、
世界→計画の方向のみに固定されていただけでなく、
計画が成立した瞬間に、その矢印も消してしまっている。
明らかに可逆的な立場から遠ざかってしまっている。 行動しなければ、世界←計画の逆反応は起きない。

また、行動しないうちに徐々に計画が崩れていってしまっていることを忘れている。
盛り上がって計画を立てたはずが、実行が先延ばしになったので、白けて熱量が下がるように。
「気運⇄計画」の双方向のバランスが崩れている。

計画は立てたが、何をしたら良いか分からない時
コントロール可能なものがわかっていないかもしれない。
さらには、唯一可能な「自分のコントロール」を避けているのかもしれない。

ここで崩れているのは、

  • 可逆性の理解
  • 条件の制御
  • 行動という唯一の可制御要素

計画は立てた。
だが、条件を動かしていない。

制御しなければ、反応は進まない。

私たちは、大きな絵に夢中になってしまったばかりに、
実行できることに集中していないのではないだろうか?

評論家的態度問題

それは私がやることではない。
直接聞いてくれれば、教えてあげるんだけど。
立場はわかるし、組織の都合もわかる。それが大人だ。
しかし、誰かがやらなければいけないことである。
「自分がやる」という例外を認める、という策もある。

歴史を見ても、
無理やり何かを仕掛けるときは、
大義名分なり、言いがかりをつけて、行動を正当化する。
例外的な理由を見つけるなり、作るなりして、
行動しても良いかもしれない。

また、絵に描いた餅と同様、時間経過とともに熱量は下がる。
唯一可能な自分のコントロールもしていない。

評論家的態度は、
実は四態度すべての欠如である。

  • 例外を自分に適用しない
  • 構造を俯瞰するが、条件を動かさない
  • 可逆性を放棄する
  • 自分が唯一の制御可能要素であることを認めない

批評は安全だ。
だが、反応は起きない。

私たちは、逃げたい、楽をしたいのだろうか?
責任を誰かに押し付けたいのだろうか?

Controlする

5つの問題と4つの態度をつぶさにみてきた。

いずれも、
方法の問題ではない、
世界の側の問題でもない。
欠けていたのは、
何をControlするかという視点だった。

化学でいうControlとは、物質を支配することではない。

温度を何℃にするか? 濃度をどうするか? 順序・手順をどうするか?

条件を選択して反応を制御し、
欲しいものを得やすくすることである。

世界を制御することはできない。 だが、
条件は選べる。

自分の反応は、Controlできる。

最後に、Controlに関して、警句を紹介したい。
毀誉褒貶のある、GEの経営者だったジャック・ウェルチが残した言葉だ。

Control your destiny, or someone else does.
(自分の人生は、自分でコントロールしよう。
 さもないと、別の誰かにあなたの人生はコントロールされるよ。)

支配の話と誤解されがちだが、
化学者の言葉として、紹介する。

何を制御可能とみなすか、
それを誤ってはならない、という警句なのです。

化学的思考法の4つの態度は、
それを見極めるための、用意なのです。

制御できるものを見つける準備。

次章では、いよいよ実装のための具体動作に入っていきます。

第5章(4)化学的思考の四つの態度

世界が線形でなかったとき、
私たちは用意の仕方を変える。
方法は変えない。道具も変えない。
変えるのは、こちら側の構えだけだ。
構えとは、4つの態度である。

例外を肯定する

私たちは、例外を嫌う。
予定通り、法則通りであってほしい。
例外はすっきりしない。

だが、化学者は例外を歓迎する。 なぜなら
例外は、いまの理論の綻びであり、
新大陸の一部かもしれないからだ。

もし、例外を否定したら。
予定調和に収まる。
気分がいい。スッキリする。

しかし、その瞬間に、
新しい地図を見落すかもしれない。

例外を意図的に無視したくなるのは、
シンプルにしたいからだ。

シンプル化のリスクを理解する

シンプルを志向するのは、間違ってない。
必要以上に複雑に考える必要はない。

でも、シンプルにするには何かをそぎ落とさなければならない。

無用とそぎ落としたものは、
もともと存在していた条件かもしれない。

世界が条件に依存している以上、
条件を消すと、
世界の一部も自動的に消える。

ぜい肉といえども、
体の一部だった。

問題は、シンプルにすることそのものではない。
そぎ落としたことを忘れてしまうことだ。

シンプル化には、リスクを伴う。

コントロール可能なものに集中する

私たちは、結果がうまくいかない時、不平不満を口にする。
でも、コントロールできない天気に文句を言っても意味がない。

コントロールできないことを議論するのはやめる。
コントロール可能なものに集中する。

化学で、欲しいものを効率的に得るために何をするか?
コントロール可能な条件を最適化する。

実は、化学反応は生成方向の一方通行ではない
A + B → C + D + E + F
という正反応と同時に、
A + B ← C + D + E + F
逆反応も進んでいる。

可逆的な立場をとる

左から右に一方方向に進むように見えるのは、
 右から左の逆反応  左から右の正反応
になっているからだ。
トータルで見て、左から右が優位に立っているだけだ。

もしも、正反応が誤りだと気づいたら、
条件を変更して、逆反応を優位にするか、
最悪の場合は、反応を止めればいい。

第五章(3)方法ではない用意である

"Fortune favors the prepared mind."
(幸運は用意された心のみに宿る)

これは、フランスの細菌学者ルイ・パスツール(Louis Pasteur)の言葉として広まっているフレーズである。

私たちが行き詰まりを感じるとき、
成功への距離の遠さを感じるとき、
よくわからないけど、うまくないとき。

私たちは、やり方がまずかったと、考えてしまいがちだ。
でも、ひょっとしたら方法の問題ではなかったのかもしれない。
こちら側の構えが整っていなかったかもしれない。

世界はいつも直線とは限らない。
まっすぐ走っていると思ったら、
いつの間にかコースアウト。

昨日と同じことをしたつもりでも、結果が違った。
想定外になった。
前進したつもりが、停滞してた。
したことは、間違っていなかった。
ただ、世界が線形でなかった。

やっぱり、方法の問題ではなさそうだ。
私たちの構えが、用意できていなかったのだろう。

"Fortune favors the prepared mind."

世界が線形でないときは、
方法を変えなくていい。 用意の仕方を変えればいいのだ。

用意する

方法を変えなくていい。
安心して欲しい。
大きな転換、再びゼロからやり直す必要ない。

道具も方法だ。
「ハサミは使いよう」というではないか。
道具そのものではない、用意の問題なのだ。

積み上げてきた知識や経験を否定しなくていい。
身につけてきた、スキル、テクニックはこれからも有効。
私たちのこれまでは、間違っていない。

用意だけすればいい。
何も変えない。
パッチを当てて、ほんの少し上書きする。
それでバッチリだ。

第五章(2)世界を創って理解する

事実優先

自然科学は、再現可能な実験事実をベースに、理論を構築する。
化学も同様に、実験結果をベースに理論・体系を構築する。
しかし、化学には他の科学とは決定的に異なる特徴がある。
それは、「つくる」が中心にあることだ。

合成するということ

化学は、新規で新奇な物質を作る、合成することが目的になる。
有機合成化学を筆頭に、作ってナンボの世界だ。

世界の誰もが見たことのない構造を持つ物質。
誰もが存在し得ないと考えた、不可能だとした物質。
誰もが予想しなかった機能を発揮する物質。
夢物語とされた特性を持つ物質。

これまでの常識を否定する物質を作るのが、化学の醍醐味だ。
ゆえに理論が後回しにされることが多い。
1%でもいいから、目的とするものが得られればいい。
できたもの勝ちなのだ。

だから数学的に厳密な分析は化学には馴染みにくい。
そもそも化学反応を100%完全に把握するのは容易でない。
分析精度とか誤差をとやかくいうレベルではないのだ。

化学は分析よりも合成なのである。
そして、新規で新奇な合成により、
既存の理論体系の矛盾を指摘したり、時には破壊したりして、
理論体系を補強し、より正しく世界を理解するのである。

条件制御が大事

例えば、
 A+B → C+D+E+F
となる化学反応で、
Cが欲しいもので、結晶をつくる。水に溶けない。
Dはベトベトしたもので、水に溶けず、分離しにくい。
Eは固体になるが、水に溶ける
Fは液体で水に溶ける
とする。

欲しいCを楽に得るには、

  • CがD、E、Fよりも選択的に多くできるようにする。
  • Dがほぼできないようする。
    (EとFを水に溶かすことでCだけを簡単に取り出せる。)

などといった、工夫をする。

少しイメージしにくいかもしれない。
なので、「出汁の取り方」を例にして説明しよう。
昆布や鰹節などで和風出汁(C)を取ろうとする時、
えぐみや生臭さ(D)は避けたいところだ。
そこで、「沸騰直前で昆布を引き上げる」、鰹節を入れたら煮立たないように火加減をコントロールする、といったことをする。 (出汁をとった後の昆布と鰹節:出涸らしがEとFに相当) 化学では、温度、AとBの混ぜ方、環境など条件を制御して、化学反応をコントロールしようとする。

  • 反応性が高い時は、−78°Cの低温で反応させる。
  • 反応性が低い時は、溶媒を沸騰させながら(還流)反応させる。

条件制御は、理論的にもできるが、経験が占める割合も多い。
レシピがないときは、
条件を常識の範囲で極端に振ってみて、
結果を確認し、
それを元に条件を絞っていく。
仮説→検証→結果の確認→条件の改善
というPDCAサイクルを回す。

そうして、最適な条件を絞り込んでいくのだ。

化学における想像力

理論や経験をベースに、予測する、予想することを
Prediction(プレディクション)という。
逆に、経験・結果をベースに、後から振り返って言及することを
Retrodiction(レトロディクション)という。
二つの言葉の違いは、接頭語にある。
Preは「前もって」であり、
Retroは「後から戻る」を意味する。

未知の新奇な物質を作ろうとするのは、未経験の領域だ。
世界の誰も、やったことがない。
作ろうと実験を重ねることで、経験知を稼いでいく。
化学では、未経験と経験の境界を常に行き来する。

化学に必要な想像力は、未知と既知の双方向への移動だ。
このような行為をTransdictionという。
PreでもRetroでもない、行き交うの意味の「Trans」だ。
化学は、トランスディクションが常態化した科学である。  

メンデレーエフは、まだ見つかっていない元素の席を空けて、周期律を作った。
事実の集積から法則・体系を抽出し、トランスディクションにより未来を生み出していったのだ。

トランスディクション

化学では、過去の起こったこと、経験したことを
様々な視点からの検討により、パターンを見つけ出そうとし、
それを次の未来に応用する。

この「経験から未経験へ」の移動を支えているのが、
マクロからミクロへの想像力だ。
反応容器の中で生じた観察結果から、
目に見えない分子の世界で何が起きたのかを推論し、
次の実験を設計する。

そもそも化学者は、
目には見えない分子や原子を見てきたかのように語る。
これこそ、「観察可能な事実から、観察不可能な実態やメカニズムを推論する」トランスディクションそのものである。

この構造は、知的生産の方法論にも認められる。
事実を起点に仮説を立て、行動へと進む、
「空・雨・傘」
事実・解釈・判断のフレームワークである。

化学も、事実から推論へ、
推論から設計へと進む。
世界を創り、理解を深め
新しい理解を適用していく。
その構造の本質はとてもよく似ている。

参考図書