問題 ある製品の販売が不振(売上高が前年比−20%)で、 その原因を報告するように業務命令が下された。
分析の結果、シェアは45%から60%へと拡大していた。
しかしマーケットの成長率は10%から3%へと急減速していた。
そのため前年の反動が出て、売上数量は23%低下していたことがわかった。
この時、どんな打ち手を考えることができるだろうか?
コンサルの教科書を開いたり、AIに尋ねたりすれば、「既存顧客のLTV向上*1」や「高価格帯へのシフト」といった最適解がすらすらと上がってくるだろう。 だが、化学的思考法の実践において、私たちが取り掛かるべき第3のステップは、「コントロールできることのみ抽出する(A)」ことである。

結果は操作できない
ここで、第二章で議論した「KPIの罠」を思い出してほしい。
私たちは往々にして、「コントロールしたいこと」と「コントロールできること」を混同してしまう。
例えば問題のケースでは、かつての市場の成長性に戻ってほしい、と期待してしまう。しかし、これらは私たちの「願望」でしかない。
私たちは、市場の成長性をコントロールすることはできない。
これは、「結果変数」や「観測変数」に属するものだ。
市場の成長率鈍化は「環境」であり、
売上23%低下は「結果」である。
これらを直接どうにかしようとするのは、
運動会当日の天気に文句を言う小学生と変わらない。
すでにシェア60%を握っているメイン市場で、さらに競合からパイを奪おうと「売上(結果)」を目標に営業へハッパをかけたらどうなるか?
現場は疲弊し、無理な営業活動で不正な販売慣行に手を染めたりするリスクが増大するだろう。
不正会計処理にまで行き着き、会社が傾くケースは散々見てきた。
行動できる対象を選ぶ
コントロールできる対象は、「操作変数」である。
問題では、以下の変数が該当する。
- 顧客訪問件数
- 新規提案件数
- 新規顧客開拓に割く時間割合
- 研究開発や営業活動へのリソース配分
これらからわかるように、私たちがコントロールできる対象は、「自分たちの行動(リソースの配分)」である。
私たちの行動で何ができるかを考える。
コントロールできることのみを抽出する、第3ステップの本質である。
問題のケースでは、「既存顧客のLTV向上のための営業活動」はコントロールできる。
または、日本企業が得意な「原価低減活動」もコントロールできる。
しかし、それ以外に何かないだろうか?
前節(ステップ2)で見出した「特異性」を思い出そう。
全体から見ればごく僅かだが、全く聞いたことのない名前の会社が3社あり、私たちが想定していたターゲット市場とは「別の用途」で製品を購入していた事実だ。
例えば「メイン市場への訪問件数を3割減らし、その分の時間を『特異性(新しい用途)』の検証と開拓に割り当てる」こともできる。
このように、課題の構造の中から「自分たちが動かせる具体的な行動」を見つけ出すこと。
これがコントロールできることを抽出する、第一段階である。
コントロールできる対象の選択
あなたがもし、個人事業主であれば、第二段階はシンプルだ。
いくつかの選択肢から、あなたが選べばいい。
そして実行に移すだけ。
しかし、組織の場合はどうだろうか? 営業チーム全体、あるいはマーケティングや技術サポートまで巻き込んだ「組織の行動」を変えなければならない時、コントロールできる対象の選択を各々が勝手に判断して良いだろうか?
ここにもう一つの大きな罠がある。 私たちは、「自分自身の行動」はコントロールできても、「他人の行動」や「組織の行動」を機械の部品のように直接コントロールすることはできない。
よくある話だが、事業部長なり、組織のリーダーがトップダウンで方針を示したとして、それで万事うまくいくだろうか?
組織行動は変わりにくい
Engagementという考え方がある。
組織の一人ひとりが、組織に対する関与、古い言葉でいうと忠誠のようなものを持っているか、という問題だ。
トップダウンでは、納得感がないことが多く、業務命令だからと受け身で捉えがちで、必ずしも良い結果に終わらないことが多い。
別の言葉で言えば、「当事者意識の有無」の問題である。
変革の方程式: E = Q × A
20年以上前、私がGEで仕事をしていた頃、CAP(Change Acceleration Program)という変革を推進するためのプログラムが話題に上った。
このプログラムの根底には、次のような有名な方程式がある。
E = Q × A
- E は Effectiveness(変革の有効性)
- Q は Quality(解決策の質)
- A は Acceptance(人々の受容度)
を表している。
つまり、どんなに論理的で質の高い解決策(Q)をひねり出したとしても、それを現場で実行する人々の受容度(A)がゼロであれば、変革の効果(E)はゼロになる、ということだ。
先ほどの「新用途へのリソースシフト」という打ち手(Q)を考えてみよう。
理にかなった戦略のように見える。
しかし、シェア60%という「圧倒的な成功体験」を持つ現場の営業たちはどう思うだろうか?
「なんで今さら、海の物とも山の物ともつかない新規用途なんて回らなきゃいけないんだ。それより、今の太客のフォローを手厚くするべきだ」
と反発するかもしれない。
現場の受容度(A)が伴わなければ、
掛け声だけで行動は変わらず、
売上の低下も止まらない(E=0)。
Acceptanceを高める方法
つまりは、こういうことである。
人は理屈だけでは動かない。どんなに優れた改善策(Q)であっても、受け入れられるもの(A)でなければ成果(E)は期待できない。
だから、コントロールする対象は、(A)が高いものでなくてはならない。
少しズルく考えると、Aが高くなるような決め方をするに限る、ということでもある。
先に個人事業主であれば、シンプルだと説明したのはそういうことだ。
つまり、完全に自分で決められるので、受容度は高い。
しかし、組織の場合、押し付けられたらどうしても反発が生じてしまう。
受容度が高く、質の高い改善策を選択する方法が、CAPというプログラムなのである。
具体的な方法論はここでは共有できないけれども、改革を実行する一人ひとりが、押し付けではなく、自分たちで考えて、自分たちで選んだ改善策であると信じられることが重要だ。
例えば、ブレインストーミングで、改善策のアイデアを出した後で、一つひとつに、コントロール可能か、そうでないかを、皆で評価する。
そうしてコントロール可能なものだけに集中し、受け入れることができて、質の高いものを選ぶプロセスを導入するのだ。
正しい選択をする
コントロールできるもののみ抽出するというのは、これまで見てきたように二つの側面がある。
一つは、操作可能な「操作変数」である「行動」に注目することである。
二つ目は、「受容度(Acceptance)」が高いものから選択することである。
くれぐれも、コントロールしたいことそのものを対象にしてはならない。
ビジネス書でよく見られる「選択と集中」というコンセプトがある。
集中する前に、正しい選択をすることが重要なのである。
しかし、どのようにして選択するかについて、常識任せにされている。
常識は曖昧で、時に間違う。
私たちには、もう少し感度の高いものが必要だ。
化学的思考法におけるステップ3
「コントロールできることのみ抽出する」とは、
「正しい選択」のことである。
単に論理的な行動プラン(Q)を見つけることではない。
その上でさらに、私たちが受け入れることのできるもの(A)でなくては、成果(E)は見込めない。
「市場が縮小しているから新規を回れ」と命令すること(Qの押し付け)はコントロールの放棄である。 前節で見つけた「3社の新規顧客(特異性)」の生の声を現場に共有し、「もしかしたら、ここに次の金脈があるかもしれない」という気づきをチーム全体に促すこと。あなたやリーダーが見つけた新しい仮説をそのまま説明するのではなく、「チームでその事実に気がついた」という形になれば、改善への受容度(A)は高まる。
そうやって組織の「A(受容度)」という真のレバーに手をかけ、チームとして「自分たちが確実に動かせるレバーはこれだ」と合意形成すること。 それこそが、この難局を打開するための、最も強力で現実的な方策なのである。
*1:Life Time Value:顧客生涯価値を高めること。すなわち、既存顧客の購入頻度を上げる、単価を上げる、継続するインセンティブを与えるなどの営業施策を打つ。






